くちゃり、と粘膜の混ざる音。 ずちゃり、と得物が抜かれる音。 暗闇の中、真っ赤に熱を持つ体。 純白の刃、私を見下ろすのは─── ……目覚めると窓の外は暗く、時計は夜明け前を示していた。 息苦しさを感じてシャツを掴むと、ぎょっとするぐらい自分の寝汗がしみていた。 近頃似た夢ばかりを見る、誰かに刺されて殺される夢。 心当たりが無くはないが、なんにせよいい気分ではなかった。 「マヤノ!ここで仕掛ける!」 「アイ・コピ──っ!」 練習用トラックでマヤノが走っている。そのペースは今までの彼女とは真逆で、 序盤から飛ばして逃げ切るのがマヤノの得意戦術と思われているが、実のところ別にそんなことは無い。 ペース配分を決めて適切な瞬発力を身に付ければあの会長もかくやという差し脚を見せることができる、と思っている。 事実練習を重ねるほどスパートの切れが増しているのだ。 「はぁ…はぁ……タイムは!?」 「文句なしだ、ペースもよく守れているな」 「ほんと!?いやったぁーっ!」 ……無邪気に笑う"彼女"はいつもどおりに見えた。 暗闇の中、自分は誰かにのしかかられている。 抵抗する前にナイフが付きたてられ、その命は終わりを迎えた。 ……ならいま彼女を見上げてる”私”は、一体誰だ? 結論、マヤノは宝塚記念でその差しっぷりを大いに発揮した。 今まで逃げ先行一辺倒だった彼女の豹変ぶりは賛否両論あったが、どうでもよかった。 私は"彼女"を飽きさせてはいけないのだから。 ……けれど、トゥインクルシリーズが終われば、あるいは……? そんなことを考えながら家に帰ると、背中から玄関に押し込まれた。 そこには、安心沢氏にデザインされた衣装に身を包んだマヤノと、その手には、ピンクの剃刀が。 「…ま、マヤノ……?」 倒れこんだ私に何も言わずに彼女は慈悲を帯びた顔で私の首をかき切った。 「な…あ……………ぅえ…?」 首元に生ぬるいものを感じた、ぬぐってみるとそれは当然血で、けれどその血が流れだす傷はだんだんと小さくなっていた。 やがてそこには血に濡れた傷一つない首があった。 理解が追い付かないでいると、"彼女"が口を開いた。 「ずうっと一緒って、言ったもんね」 聞きなれたような知らない声。以前聞いた言葉なのに、その意味は全く違って聞こえる。 返り血に染まったウェディングドレス、身に纏う彼女の眼はこの世のものではなく、 私は一生、あるいは永遠に、彼女から逃げられないことを悟った。 「ゆー・こぴー?」