彼らに人権はない。より正確に言えば、もとから、“個”として作られてはいない。 ただ一つの目的のために大量生産された、肉体構造が“本物”と同じだけの道具である。 人々の活動範囲が所属する銀河系の枠を超えて、恒星間移動の当たり前となった時代、 人も物資も、止まることなく複数の星系を跨いであちらからこちらに動き回っている。 故郷の星まで何千光年――などと郷愁を煽る歌さえも、とっくに古臭いとみなされていた。 すると当然、異星間での混血も進む。近い星系出身者同士ならいざ知らず、 寿命から食生活、呼吸の仕方さえも違うような大きく種族の違うもの同士の夫婦も現れる。 それらの混血種は、おおよその場合において両種族の融和の象徴と肯定的に捉えられたが、 否定的に見るものは――決まって、自分たちの種族の“純血性”の失われるのを嘆く。 だが老人たちの小言は、既に生まれた合の子を消し去るだけの実効性を持たない。 そもそも、星々に散らばった人々が同種族の異性――しかもつがいのいない――に出会うのは、 天文学的な確率の上でしか成り立つまい。そしてその二人で、十分な数の子を生せなどと。 深海に棲む生物は、容易には同種の異性と出逢えないために個別の繁殖戦略を進化させるが、 大気圏を超えられる文明を築くだけの知性を持つ種族は、それに頼る必要がほとんどない。 ここに一つの矛盾が生ずる――社会を構築できるだけの繁殖力、もしくは寿命のある種族ほど、 物理的に遠く離れ各個体の分散した空間内で、異性を見つける能力を進化させてこなかった。 星間移動が盛んになればなるほど、“純血主義者”の種族は元の星に引きこもらざるを得ず、 それが彼らの異星との交流を阻害する一因になっていたことは否定できないのである。 よしんばそのような思想とは無縁であっても、既に個体数の減った種族ならなおさら―― だからこそ――彼らはその後ろ向きな二律背反を解消するために作られた。 都合よく同種の異性がいないなら、都合よく同種の異性にありつけるようにすればいいのだ。 遺伝子的に優秀な雄や雌を見繕い、その遺伝子をそっくりそのまま用いて――造る。 遺伝的多様性よりも狭い世界内での循環をこそ重視するような人々に、 外面も内面も整った繁殖適齢期の異性を容易に得られるこの手法は、実に重宝された。 ただ交わり、孕み、孕ませ、産み、産ませるためだけに用意された存在―― 銀河連邦にも、各惑星出身者が公平で平等に宇宙に進出するという大義のためには、 そのような冥い技術を、見て見ぬふりするだけの“柔軟性”があった。 繁殖のためだけに造られた存在――しかも若く、外見的にも整って、従順で――となれば、 “本来の目的”以外にも、使われ始めるのは当然の帰結であった。 街には同じ顔をした“繁殖器具”たちが、娼婦めいた薄着でうろついていることも珍しくない。 星の海を渡る孤独な旅の慰みに、何体か積み込んで行くのはある種の嗜みともされた。 ほとんどの個体は、命じられれば何でもするし、船や家の隅におとなしくじっとしている。 その姿に、知性や思考といった個を感じさせるものを読み取ることは困難であろう。 交尾と繁殖のことしか頭になく、いくら孕ませてもお咎めどころか逆に推奨されるとなれば―― 年だけは若いような男たちが、連れ込み宿の一室で、手元の端末を退屈そうに弄っている。 彼らの上には、それぞれに別々の――けれど一様に同じ顔をした――女たちが跨って、 彼らに命ぜられるでもないのに、息を荒くしながら腰を振っている。 男たちは、高望みせねばそこらの女を連れ込むことぐらいは簡単にできたろう。 だが、彼らは自分たちが自由に“使える”雌として、この女たちを選んだ。 毎日毎日、避妊もせずに胎内に精をぶちまけ――疲れたら寝て、起きたらまた犯して。 そんな非人道的なことを、生身の人間相手にできるわけがない。 女たちは皆、しっかりと種をつけられて腹を膨らませていた。特に彼らの関心を引いたのは、 美しい碧い瞳と透き通るような白い肌、金色の長い髪を頭の後ろで纏めた遺伝子型の女だ。 初め、一人の男がその遺伝子型を半ば独占しようとした結果――仲間たちがずるいと声を上げ、 同じ姿のものを、複数体仕入れにわざわざ出かける羽目になったほどだ。 にもかかわらず、全員が臨月大の胎を抱えるようになると、 男たちは彼女の子宮がさっさと空いて、元の細く締まった腰に戻ることだけを望んだ。 避妊や堕胎、廃棄は流石に許可されてはいない――男たちは渋々ながら、 大きな腹をしているくせに一向に性欲の収まらない、愚かな雌たちの相手をしているのである。 性交のためだけに作られ、調整された彼女らは、服の面積さえもほぼ最低限だ。 長手袋と長靴下だけで、乳首はおろか股間も全く隠れていない格好は、 飼い始めのうちは興奮を煽るものの、次第に慣れ、飽き始めてしまうもの。 交尾漬けの生活と妊娠によって、より膨らんだ乳房や尻肉の変化を見られるのはよいものの、 妊婦相手に興奮し続けられるような人間でなければ、自宅に囲うのは難しい―― まして、家庭教育さえも受けていないのだから、彼女らには娶る価値も見出されていない。 ただ、男たちに使われ、孕み、産むだけの存在として造られたもの―― その中で一体、露骨に、雄を誘うのが下手な個体が混じっていた。 同じ顔をした他の個体が、男たちの上に跨りにいって嬉しそうに腰を振るのに、 その一体は、彼らの周りをうろうろしながら腹部を未練がましく撫でるだけ。 どうにか“おこぼれ”が回ってこないかと、熱に浮かされたようにぼうっとしている―― そして一体が男の上から離れたのを見て近寄るも、すぐに二度目には移れないのだから、 実に恨めしそうに、胎内にたっぷりと精を飲み込んだ他の個体を睨むだけなのだ。 男たちは、その愚劣な様に、一層腹立たしさを覚えた――付き合ってやっているというのに、 目の前で乳を揺らし、尻を振る程度のことさえできぬとは。 それをするしか能がない、生まれつきの肉便器の分際で――と。 見た目だけはいいその個体は、ようやく一人の男の上に跨れると、ぐちょぐちょと蜜を垂れ、 雄を気持ちよくさせる、という自身の存在意義さえまともに果たせていないうちから、 何度も何度も、絶頂を繰り返し――言葉として成立していない、風情のない嬌声を放った。 そのような姿もまた、彼女らのような繁殖器具が終生の伴侶となれない原因であるが―― 知性ある生物として作られていない以上、責めるのは酷というものである。 考えの足りない男たちも、それを口にしないだけの品性は持ち合わせているようだった。 そのような生活をしているうちに――やがて女たちは産気づき、回収されていく。 孕んだ子を人口増加のための資源として活用された後で、また街に放され、孕まされる。 その繰り返しによって、遺伝情報を吸い上げ集約し“多様性”を確保するのが目的である。 特に男受けのいい遺伝子型は使い回され――この金髪碧眼の姿は、既に十万単位で製造された。 そしてそれら一体一体が、雄の精を受けて孕み、帰ってきて産み――また、出ていく。 同じ外見の個体から、その遺伝子を受け継いだ“人”の総数はその何倍にも登る。 都市伝説がある――医療機関に通った女性が、自分によく似た顔の女を見るようになった。 その女たちは、ほとんど娼婦のような格好と言動で男に媚びていたという。 また自分によく似た金髪や、碧い瞳の子供を連れた男性をちらほら見かけるようになったが、 決まって、彼らは男一人で妻や恋人らしい女性が傍にいることもなかった、とも。 あるいは、どこかの路地裏に、自分と同じ顔の“器具”の載った販売型録が落ちていた―― 女性はそれら不気味な現象の理由を突き止めるために医療機関を再訪したが、 それ以来、足取りが掴めず――表舞台からは、消えてしまったのだ、という話だ。 また別の都市伝説は――その女性も頭の中を改造されて自分の模造品と一緒に街に放たれ、 孕んで産むだけのものにされてしまった――そんな下りを最後に追加している。 彼女は生まれつきの孕み袋でないのだから、男を誘うのが下手で、愛嬌に欠け、 同じ顔の“仲間”たちを、恨めしそうに睨むのが見分ける方法だ――と。